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公式ブログ http://blogs.yahoo.co.jp/autumn_snake_1995 川島芳子 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』  川島 芳子(かわしま よしこ、1907年5月24日 - 1948年3月25日)は清朝粛親王の王女。本名は愛新覚羅 顕シ(あいしんかくら けんし)(シは王ヘンに子)、字は東珍、別名は金璧輝。歌集では和子という筆名を使用。他に芳麿、良輔などと名乗っていた時期もある。  日本人の養女となり日本で教育を受ける。清朝復辟のために日本軍に協力し、戦後中華民国政府によって「漢奸」として訴追され刑死。 経歴  粛親王善耆の第十四王女として光緒33年4月12日(西暦1907年5月24日)、北京に生まれた。生母は粛親王の第四側妃。粛親王家は清朝太宗ホンタイジの第一子武粛親王豪格を祖とし、親王位の世襲を認められた名門であった。(通常は皇族の爵位は一代ごとに降格する)  上述の字の由来は、日本へ養女にいく際に東洋の珍客として可愛がられるようにとの、願いをこめられてつけられた。別名の金璧輝は兄金壁東からとったものであり、当初は壁であったが、後に本人が璧を用いるようになった。  1911年10月に辛亥革命が勃発し、1912年2月の清朝皇帝退位直前に袁世凱を総統(大統領)とする共和制国家である中華民国が建国されると、粛親王は川島浪速(かわしまなにわ)の手引きで北京を脱出し旅順に渡り、日本の援助を受けて清朝復辟運動を行った(1912年と1916年の2度にわたり画策された挙兵計画は、いずれも日本側の方針転換で中止命令が出され、失敗に終わっている。第一次・第二次満堂独立運動とよばれている)。   「川島芳子」に  旅順では粛親王一家は関東都督府の好意により、日露戦争で接収した旧ロシア軍官舎を屋敷として提供され、幼い顕シも日本へ養女へ行く前の一時期をそこで過ごした。やがて粛親王が復辟運動のために日本政府との交渉人として川島を指定すると、顕シは川島の身分を補完し両者の密接な関係を示す目的で川島の養女となり、「川島芳子」と改名し、1915年に来日した。来日した芳子は当初東京赤羽の川島家から豊島師範付属小学校に通い、卒業後は跡見女学校に進学した。やがて川島の転居にともない長野県松本市の浅間温泉に移住し、松本高等女学校(現在の長野県松本蟻ヶ崎高等学校)に通学した。地元では芳子が松本高女まで馬で通ったエピソードが有名である。  1922年に実父粛親王が死去し、葬儀のために長期休学したが、復学が認められず松本高女を中退している。17歳で自殺未遂事件を起こし断髪、男装となる。断髪の原因は山家亨少尉との恋愛問題であるとも、養父浪速に関係を迫られたためであるともいわれているが、諸説あって明らかではない。断髪した直後に女を捨てるという決意文書をしたため、それが新聞に掲載されるなど、芳子の男装は直後から新聞に取り上げられ、真似して断髪する女性が現れたり、ファンになった女の子が押しかけてくるなど、ちょっとした社会現象を起こしたようである。 満洲国建国に協力 溥儀 李香蘭1927年、旅順で蒙古族の将軍パプチャップの息子カンジュルジャップと結婚するが、夫の親族となじめず、2年ほどで離婚。その後上海に渡り、上海駐在武官の田中隆吉少佐と交際したことから特務工作に関わるようになり、上海事変の謀略工作に関わったといわれている。上海での活躍から、「東洋のマタ・ハリ」と呼ばれる。  1931年9月に関東軍により満洲事変が勃発し、11月には、清朝最後の皇帝であった溥儀が関東軍の手引きで天津から満洲に連れ出された。芳子は残された溥儀の皇后婉容を天津から連れ出すことを軍から依頼され、婉容を天津から旅順へ護送する任務を行っている。1932年に、溥儀を執政とする満洲国が中国大陸北部に成立すると、川島芳子は新京で満洲国女官長に任命されたが、実際には就任していない。この頃芳子をモデルにした村松梢風の小説『男装の麗人』が発表され、芳子は「日本軍に協力する清朝王女」として世間の注目を浴びるようになる。


Added: December 28, 2008


公式ブログ http://blogs.yahoo.co.jp/autumn_snake_1995 川島芳子 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』  川島 芳子(かわしま よしこ、1907年5月24日 - 1948年3月25日)は清朝粛親王の王女。本名は愛新覚羅 顕シ(あいしんかくら けんし)(シは王ヘンに子)、字は東珍、別名は金璧輝。歌集では和子という筆名を使用。他に芳麿、良輔などと名乗っていた時期もある。  日本人の養女となり日本で教育を受ける。清朝復辟のために日本軍に協力し、戦後中華民国政府によって「漢奸」として訴追され刑死。 経歴  粛親王善耆の第十四王女として光緒33年4月12日(西暦1907年5月24日)、北京に生まれた。生母は粛親王の第四側妃。粛親王家は清朝太宗ホンタイジの第一子武粛親王豪格を祖とし、親王位の世襲を認められた名門であった。(通常は皇族の爵位は一代ごとに降格する)  上述の字の由来は、日本へ養女にいく際に東洋の珍客として可愛がられるようにとの、願いをこめられてつけられた。別名の金璧輝は兄金壁東からとったものであり、当初は壁であったが、後に本人が璧を用いるようになった。  1911年10月に辛亥革命が勃発し、1912年2月の清朝皇帝退位直前に袁世凱を総統(大統領)とする共和制国家である中華民国が建国されると、粛親王は川島浪速(かわしまなにわ)の手引きで北京を脱出し旅順に渡り、日本の援助を受けて清朝復辟運動を行った(1912年と1916年の2度にわたり画策された挙兵計画は、いずれも日本側の方針転換で中止命令が出され、失敗に終わっている。第一次・第二次満堂独立運動とよばれている)。   「川島芳子」に  旅順では粛親王一家は関東都督府の好意により、日露戦争で接収した旧ロシア軍官舎を屋敷として提供され、幼い顕シも日本へ養女へ行く前の一時期をそこで過ごした。やがて粛親王が復辟運動のために日本政府との交渉人として川島を指定すると、顕シは川島の身分を補完し両者の密接な関係を示す目的で川島の養女となり、「川島芳子」と改名し、1915年に来日した。来日した芳子は当初東京赤羽の川島家から豊島師範付属小学校に通い、卒業後は跡見女学校に進学した。やがて川島の転居にともない長野県松本市の浅間温泉に移住し、松本高等女学校(現在の長野県松本蟻ヶ崎高等学校)に通学した。地元では芳子が松本高女まで馬で通ったエピソードが有名である。  1922年に実父粛親王が死去し、葬儀のために長期休学したが、復学が認められず松本高女を中退している。17歳で自殺未遂事件を起こし断髪、男装となる。断髪の原因は山家亨少尉との恋愛問題であるとも、養父浪速に関係を迫られたためであるともいわれているが、諸説あって明らかではない。断髪した直後に女を捨てるという決意文書をしたため、それが新聞に掲載されるなど、芳子の男装は直後から新聞に取り上げられ、真似して断髪する女性が現れたり、ファンになった女の子が押しかけてくるなど、ちょっとした社会現象を起こしたようである。 満洲国建国に協力 溥儀 李香蘭1927年、旅順で蒙古族の将軍パプチャップの息子カンジュルジャップと結婚するが、夫の親族となじめず、2年ほどで離婚。その後上海に渡り、上海駐在武官の田中隆吉少佐と交際したことから特務工作に関わるようになり、上海事変の謀略工作に関わったといわれている。上海での活躍から、「東洋のマタ・ハリ」と呼ばれる。  1931年9月に関東軍により満洲事変が勃発し、11月には、清朝最後の皇帝であった溥儀が関東軍の手引きで天津から満洲に連れ出された。芳子は残された溥儀の皇后婉容を天津から連れ出すことを軍から依頼され、婉容を天津から旅順へ護送する任務を行っている。1932年に、溥儀を執政とする満洲国が中国大陸北部に成立すると、川島芳子は新京で満洲国女官長に任命されたが、実際には就任していない。この頃芳子をモデルにした村松梢風の小説『男装の麗人』が発表され、芳子は「日本軍に協力する清朝王女」として世間の注目を浴びるようになる。


Added: December 28, 2008


田原俊彦 - 顔に書いた恋愛小説 6 Sep 1984 http://www.jvc-entertainment.jp/tahara/


Added: December 13, 2008



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